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★このコーナーは糸魚川産硬玉翡翠のお話です★
このコーナーの内容の半分は私自身の20年間で覚えた知識ですが、なにせ未熟な文章ですので読み難い点や間違い等あるかもしれません、あれば修正致しますので気楽に読んでください。色んな方や私自身に指し障りのない範囲内で書いて行きたいと思います。また考え方の違う方もいらっしゃると思いますが、この内容は絶対こうだと言う物ではありません。
店長の翡翠履歴
文字を小さく致しました
今から34年前20才のころ東京の下町墨田区に住んでいました、鉱物に興味があって関東周辺に鉱物を探しに行ったり、鉱物の本を読んだりしていました、その本の中に新潟県糸魚川地方で翡翠や色んな鉱物が採取出来る
と書いてあり、さっそく行って見ましたがその時は翡翠らしき物は見つかりませんでした。それから14年後34才の時、九州の(実家)福岡に住んでいました、たまたまテレビを見ていましたら宮崎海岸で翡翠が見つかります、こ
の翡翠は最近見つけた石で?万円しますと言っていました。また、さっそく行って見ましたがなかなか簡単には見つかりません、1月の寒い時期でしたが2週間民宿にお世話になって探しましたが見つかりませんでした(よく
よく考えたら原石自体見たことも有りませんでした)、一度福岡に戻りましたが諦めきれず、二日後にまた来ました今度も2週間民宿にお世話になりましたが、やっと2個見つけました握りこぶし大の黒翡翠と淡いみどりの翡翠
です、価値はあまりありませんが、今でも大事に持っています。その後急速に翡翠の事を勉強し、1年後には勾玉制作を始めました、そのころ制作した、勾玉・管玉・丸玉のネックレスが東京上野の東洋の至宝展の出口の右
側に展示してあった物です。翡翠を創めて3年間に福岡と新潟を30往復し、トータルで2年間車で寝泊り、1年間福岡で製品制作していましたが、効率が悪いので富山県の入善へ引越してきました、それから色んな事があり
ましたが、現在青海で落ち着いています。
不思議な勾玉
私は今までに沢山の勾玉を見てきました、日本各地の博物館や書物やインターネットでも実に多くの種類があります、私が勾玉を作りはじめた頃は趣味で作っている人はあまり居ませんでした、(地元で専門に作っている人
は昔から居ました)また外国からも勾玉はあまり入って来ていませんでした。だが現在では(プロ、アマ、外国から、作る人等が増え)沢山の勾玉があります、この沢山の勾玉ですけど、どれ一つ同じものはありません、石で
作った勾玉は、溶かして型で固めて作る訳には行きません、人が一つ一つ手で削って仕上げる以外方法がないからです。一つ一つ手で削って仕上げる(手加減一つで良くも悪くもなる為)、これも不思議な勾玉の魅力の一つ
の要素ではないかと思います。また勾玉は不思議な形をしています、昔だれが考えたのか判りませんが、自然界にはこの様な形は無いように思えます、角がなく、丸みをおび、なだらかで、ふっくらした、冷たい無機質の石
が、命を吹き込まれ暖かみがあるかの様に、蘇ってきます。私は以前にルアーやとんぼ玉等を制作して来ていますが、物作りで私がもっとも大事に思っている事の一つには目です、ちょっとした目の位置や大きさ等で作品の表
情が変わり、良くも悪くもなります。勾玉は特に穴の位置で、生きたりも、死んだりも、するように思えます。縄文の昔玉作りの先人たちから、受け継がれ伝承されて来た勾玉、これからも色んな方が色んな勾玉を作って行か
れると思います、勾玉には無限大の可能性が秘められていると信じています。
不思議な勾玉の形に関して
平成20,1,18
勾玉の形には古来から様々な言われがありますが、どの説が正しいのか、これは永遠の謎のように思われます。私個人としては、胎児説が好きです、勾玉作りの当初から勾玉を蘇させる気持ちを込めて(現在も)制作して
います、そのせいかどうか判りませんが、どうしても可愛い勾玉になってしまいます、時々意識をして男性的で鋭い勾玉も作りますが、またすぐに可愛い勾玉になってしまいます、元々古来の勾玉は丸みを帯びた物が多いの
で、それが、私の気が付かない間に染み付いているのかも知れません?また勾玉は古来何千年の間にたぶん多くの玉作り先人たちが代々受け継ぎながら作られて来たと思われます、遺跡等から出土している勾玉だけでも
沢山の種類が出土しています、まだ埋もれている勾玉は計り知れないぐらいまだある様に推測されます、今後また変わった形の勾玉も出土する可能性は有りますし、またあの有名な重要文化財の勾玉よりも素晴らしい勾玉
が出土する可能性も有るように思われます。推測ですが古来最初に作られた勾玉は代々受け継がれながら、デザインは広がって行ったと思います、勾玉はこうでなければいけないと言う事はないように思います、私も今後様
々な形を作って行きたいと思います、勾玉 曲玉 字の如く曲がっていれば良いのでは?
摩訶不思議な勾玉
不思議なコンサワ産コバルト翡翠
平成20,1,28
私は以前から沢山の翡翠原石を集めてきました、その中に様々なコバルト翡翠は有りましたが、どちらかと言うと緑や紫系の原石に興味があり、コバルトには長い間興味がありませんでした、サファイアのように明るくて綺麗な
コバルト翡翠だったら、魅力を感じていたかもしれませんが、(かなり綺麗なコバルトもありますが、稀です)ほとんどが、くすんでいる様に見え魅力を感じられませんでした、今から6年前ぐらいまでは海岸産のコバルト翡翠も数
十個ほどは持っていましたが、ほとんど手放しました、その頃ある方が国産のコバルト翡翠は全般に石質がよく希少性があります等と発表されました、その後火が付いたように思われます、もちろん人気になったのはそれだ
けではないと思います。私が国産コバルト翡翠に興味を持てなかったには、色の綺麗なコバルト翡翠が少ない事が主ですが、国産コバルトは発表されたように、非常に硬く結晶も緻密なものが多く、少し地味では有ると思われ
ますが、マニア及び専門家向きのように思われます、また色の綺麗なコバルト翡翠は一般向きのように思われます。次に希少性、糸魚川地域全体において各地でコバルト翡翠は産出しますが少ない様です、その中の小滝地
域、小滝地域の一部に入コン沢と言う沢があります、そこがコンサワ産の出所です、(注意)現在では採取することは出来ません、私有地等が入り組んでおり地元に住んで居られる方や持ち主にご迷惑がかかります。国
産コバルト翡翠も様々な種類があります、その中でもコンサワ産コバルト翡翠は全般的に色は明るく中には青インクを流したような綺麗なものも有ります、ただ欠点もあります、ヒビや茶色のシミ等がほとんど有ります、これが
なければ昔も人気はあったと思われます、現在人気がある要因としてヒビやシミが有ってもそれ以上に色の魅力が勝っているからではないかと思われます、またコンサワ産コバルト翡翠はおそらくコンサワにしか無いと思われ
ますが、ミャンマー産のコバルトの中にはコンサワ産と間違えるぐらい似たコバルト翡翠もあります、翡翠全般に言える事ですが、糸魚川産とミャンマー産の原石が似ていても加工段階では、結晶や微妙な硬さの違いである
程度特定する事が出来ます、またバレル研磨でははっきり差が出るように思います、しかし製品になってしまうと判断出来ない物もあります。コンサワ産はコンサワにしか出ませんので、絶対量は非常に少ないと思われます、
当サイトのコンサワ産は30〜40年前から持っておられた方からの放出品です、原石が無くなれば作る事は出来ませんが、地元に長く居るので時々放出品が回ってきます、この地域では昔から小さな翡翠ブームが幾度となく
あったと聞いています、その度に翡翠採取が行われ、昔から採取された原石が今でもこの地域に沢山眠っていると思われます。今回の文章はコンサワ産についてですが、青翡翠は国産外産問わず人気があるようです。
翡翠のライト照射について
平成20,2,6
私もライト照射をよくします、光を良く通す原石は神秘的で生き物のようにも思えます、今後当サイトの商品も、ライト照射画像を取り入れて見栄えをよくして行こうと思っております。しかしライト照射はライトをてらしている時だけ
綺麗でライトを消すと普通の原石にもどります、当たり前ですね。翡翠原石の透明度は高くなれば成るほど価値は上がりますし魅力も倍増しますが、本来の透明度と言うものはライト照射をせずして透明感を感じられる物でな
けれはならないように思えます、そうでなければ、アクセサリーとして身に着けている間いつもライトを照らしていなければなりません、(ライト付きのアクセサリーがあればいいですね、冗談です)。
翡翠原石の透明度は原石によってまちまちです、また同じ一つの原石でも透明度のある場所無い場所そういった原石を調べるにはライト照射は有効です、実際ライト照射をしていない原石や商品で透明感を強く感じられるも
のはライト照射をすると全体に光が通ります、また原石で部分的に光が広がるぐらいでは、商品などに成った場合透明感はほとんど感じられないようです、ライト照射はディスプレイ等参考として考える方がよいように思えます
内外産翡翠原石について
平成20,3,22
当ショップの翡翠製品では、ミャンマー産より糸魚川産の勾玉などが人気が高いようです。特にコンサワ産コバルトは群を抜いているようです、国産翡翠の希少性のある翡翠はほんの一部だと思います、宝石までもいかなく
とも上質な翡翠、色が乗りそのままでも透けて見える翡翠、また透明度はあまり無くても明るくて濃い色合いな物こういったクラスは実際少なく高額のようです、これとは反対にくすんだ色合いや魅力に乏しい翡翠原石これは
いくらでも有ります、さすが糸魚川産愛好家でも要らないですよね?私も毎年選んで処分しています、ただし大きな原石の場合、表面は汚らしい原石でも中には良質な部分がある事がたまにあります、特にラベンダー系の原石は中が良い事がよくあります。
糸魚川産愛好家の方はミャンマー産を見向きもしないと言う傾向がよくあります、くわしくは申しませんが、し方がないのかもしれません、私もそう言う時期がありました。ミャンマー産も糸魚川産も翡翠は同じだと思います、特
に違うのは産出量だと思います、ミャンマー産は国力で産出してますので計り知れない量を産出していると思います。糸魚川産は自然の侵食作用で顔を出した翡翠を探す、あるいは河川工事等で出るぐらいなので、ミャンマ
ー産と比べると非常に少ないと思います、非常に少ないからといっても希少となる翡翠はその中のほんの僅かだと思います。糸魚川産は良質で綺麗な原石は本当に少ないです、有ってもビックリするぐらいの値段です、自分
で探せばタダですので、探していますが簡単には上質な翡翠は見つかりません、タダより高いものは無いのかな〜?。ミャンマー産原石はミャンマーの政治情勢が2〜3年ぐらい前から変化しているようです、私の知人でミャン
マーのエンポリュウム(オークション)にいつも買い付けに行っている方がいますが、去年から買い付けに行ってないようです、案内状も来ないと言っていました、また日本からの送金も出来ないようです、また別の知人の話で
はミャンマーからの原石の持ち出しは今後難しくなるのではと言っておられました。人からの話なので確定は出来ませんが今後もしかしたら、ミャンマー産の原石の値段が上がるかもしれません。
糸魚川産翡翠の種類
翡翠と一言で言っても宝石ひすい〜庭石まで気が遠くなるぐらいの種類があると思います。私も今まで沢山見つけていますし、ひすい仲間(ほとんど翡翠のプロ)の原石を沢山見せてもらっていますが、いまでも見たことがない初めて見る翡翠が時々あります。
糸魚川産翡翠の色
基本的には緑・紫・青・黒・白・だと思います、そのほかにピンク、ほとんどがトウレンセキですが、翡翠ではないかなと思われるピンクを何度も見ています、切断面には翡翠と思われる結晶が有りましたが、勝手に判断できない
ので判りません。それとベージュ色の翡翠もあります象牙みたいです、この原石はある方から分けてもらった物ですが所持しています。基本的には五色ですが色の変化から考えると沢山の色があると思います。
糸魚川産翡翠の透明度
国産で透明度の高い翡翠は非常に少ないのが現状です、特にガラス質ともなると白でも大変高価です、18年ぐらい以前に境海岸でガラス質の紫ひすいを見つけた思い出があります、人差し指ぐらいの小さな物でしたが、
見つけたときはガラスのかけらだと思いました、良く見るとガラスと見間違えるぐらいの透明感がある紫翡翠でした、残念な事にすぐに売ってしまい、その後沢山の紫を見つけていますがガラス質の紫は一つも見つかりません
、でも何処かにあると思います。当店の商品を見て頂ければ判ると思いますが糸魚川産で透明感のある紫は一つもありません。(何処かには、僅かには有ると思いますが、あれば相当高額だと思います)
糸魚川産翡翠の価値
翡翠のもっとも難しい一つが値段です、この原石の値段の決まりはありません。金やダイヤ等のように相場がないからだと思います、お店等では販売しなくてはならないので店主が値段を決めると思いますが、高い安い色々
です、私のまわりでの取引では売り手と買い手で値段が決まる事が多いいです。そのとき勝負です。相手が売り急いでいる時は比較的安く買えますし、強気の時、自分がどうしても欲しい時は高い買い物になります。
それと翡翠購入はバクチだとよくいいます、なぜか、答えは簡単、知らないからです。判らない物には手を出さないほうが無難だと思います。一概には言えませんが緑系の原石は切断したら中に色が無かったと言う事がたま
にあります。一般の人では無理ですが、私は今まで沢山の原石を切断して来ていますので、かなり中が読めると思っています、それでも今まで経験したことの無い原石は、たまに失敗します。逆に切ったら色が沢山入っている
事もたまにあります。そう言う時は翡翠やってて良かったな〜と思います。私が原石を購入する時はなるべく安く購入したいので、表面に(風化や汚れで)色があまり出てないもの(でも切ったら有りそうな物)を選びます、たまに当たります。
糸魚川産翡翠産地の現状
小滝翡翠峡と青海橋立翡翠峡は範囲は狭いですが、天然記念物指定に成っています。その指定の中では、翡翠以外の石でも持ち出し禁止になっています。ここ糸魚川周辺一帯、山、川、海、かなり広い範囲で翡翠は分布
しています。また沢山の翡翠が眠っています、また川や海では、大水が出たり、大波になるたびに少しずつ翡翠が顔を出してくれます、翡翠は比重等の関係もあって一度に全部出て来ません、もし一度に全部出てくるようなら
、とっくの昔に無くなってると思います。もし翡翠探知機でもあったら鳴りっぱなしに成るくらいあると思います。と言うと、エーと思われる方もいると思います。でも簡単には見つかりません、埋まってるからです、じゃあ掘れば、
一箇所を掘って出る(運が良ければ出るかもしれません)ほどはないと思います。私も条件の良いときに(翡翠の出そうなとき)翡翠探しに行きますが、どこに行っても足跡だらけ、常に先客がいます、それだけ探す人が居ると
言うことは、翡翠が出ると言う証拠だと思います。翡翠探しで注意しておく事があります、天然記念物はあたり前ですが、山の場合人の私有地がありますので注意が必要です、行く場合は詳しい人と同行したほうが良いと思
います。新潟寄りの姫川の場合(上流の長野姫川は少しうるさいと言う情報がありました)、日中建設省のパトロールの車が見回りしていますが、手で持てるぐらいの石なら見られても何もいわれ無いと思います。ただ大きな
石や、大掛かりに石を運んでいるのを見られると通報されて捕まります。海岸の場合、海岸で翡翠探しをしている人が一番多いと思います、また安心して探せます(大波でない時)小さな原石が多いいですが、運と条件が良け
れば数多く見つかると思います、海岸でもあまり大きな石を大胆に運んでいると注意される事もあるかもしれません。 姫川大洪水の体験
約12年ぐらい前の事だったと思います、私が入善に住んでるころです、地方から来られた知り合いと4人で姫川の国道8号線付近の河川で、たぶん、2時ぐらいから翡翠探しをしていました1時間ぐらい経ったころから少し雨が
降り始めだんだん強くなってきました、長野方面の空を見ると空が真っ黒で稲光がしていました、それから30分も経ってないと思いますが、自分たちの上でもカミナリが鳴り始め、雨も強くなり、4人はばらばらで戻って来ません
、なんとなく嫌な予感がしたので、私が最初に鉄橋の下に避難しました、そのあと10分後ぐらいでみんな戻ってきました、鉄橋の下に全員でいましたが、カミナリと雨が激しいので諦めて車に戻り、帰るために8号線の橋を走っ
てる時、姫川は茶色の濁流でした、ビックリしましたがまだその時は洪水になるような水量ではないと思ってました、全員で入善まで戻り、穂高方面からの知人だけが5時過ぎころ入善から帰って行きました。雨が降り続いて
いたので次に日に姫川まで見に行きましたら、川幅いつぱいに濁流が流れタンスや畳、プロパンや柱、屋根も流れていました、大きな石がゴトンゴトンと地響きしていました、この文章では判らないと思いますが、凄い光景でし
た。三日後に穂高の知人から電話があり、大変な目にあったと言ってました、話によると、国道148号線を走っていたら川の水が道路に溢れ出しているので、これ以上進めないないと思い、やっとの思いで引返したそうです、こ
のままだと帰れないので、上越回り国道18号線で帰ろうと行って見たが通行止めになっていたので行けなかったそうです、その夜は車で過ごし次の日富山県の国道41号線でやっと帰られたそうです。大変な目に合われましたが、無事だった事が何よりです。
糸魚川産翡翠探しの要点
糸魚川産翡翠全般に原石は同じ場所で出る傾向が強い、すべて地面の下に埋もれていて侵食作用で少しずつ 顔を出します、新潟寄りの姫川と海岸を説明します。翡翠原石は日本列島が無い以前から存在するので、何処
まで原石がどう言うふうに浸食作用で広がっているかまったく想像つかないと思われます、たとえば小滝翡翠峡にある明星山は元はハワイに有ったそうです、たぶん青海の黒姫山(私の想像です)もそうではないかと思いま
す、長い間に大陸移動や造山活動が繰り替えし行われています、人間の能力では過去どうなっていたか少ししか判らないと思います、そんな事言ってても始まらないので進めます。翡翠の鉱脈でない川の場合洪水の時に
土砂や岩石が動き運ばれます、砂金等と同じように原石は重いので(また川の地形で)溜まる場所や溜まる層があります、洪水が終るとほとんど原石はまた埋もれます、埋もれそこなった原石を皆さんが見つけている訳です
、一度原石を見つけた場所では、次に動けば、またその付近で見つかる事が多いのです、そこに原石が溜まりやすいと言う事と動きやすいと言う条件が判ってくればよく見つけられる様になって来ます、あとは根気と、まず
有る程度良い原石を何とか見つけて実感を体験する事です、翡翠ハンター等のベテランは年間通してしょっちゅう 見つけています。海岸の場合も基本的には同じです、海の場合は波の力です、沖の方では波の力は平均してい
ますが陸に押し寄せるとき地形の関係で(テトラポットも)波が強くなる所と弱い所があります、強く当る所です、 テトラポットや大岩あるいは護岸のコンクリート壁等の海に向かって左側の方が侵食されています、したがって
大きな障害物(テトラや大岩)がある場合、右側よりも左側で見つける確立は高いと思います、どうして左側が侵食されるのか、話が長くなるので簡単にします、能登半島がある為に年間通して北からの波が強いため、右側か
ら左側に海岸の岩石等が移動している為だと思われます。海岸は大波のたびに激しく変化します、激しく変化しますので翡翠も良くでます、実際いまでも良く出ていますが、どう言う訳か良く見つける人となかなか見つけられ
ない人、同じように探しても大きな差があります、その違いをあなたが考えて、良く見つける人になって下さい。
糸魚川産翡翠探しの裏技 海岸
翡翠探しで一番大事なのは、絶対見つけると言う心構えと、忍耐力です、(その前に翡翠を知らなければ成りません、見た事のない方は糸魚川地域で博物館や翡翠のお店に行けば見られると思います、お店で見るのはただ
ですが(あまり頻繁に行くと冷やかしだと思われます)、交通費の方が高いかもしれませんね)翡翠を探す人は大勢いますが、皆がみんな見つかるわけではありません、でも自分は絶対見つけたいと思う方は、まず地元で翡翠
さがしのベテランと仲良くなる事です。海岸を翡翠探しで歩いていると必ずほかの翡翠探しの人と鉢合わせになります、その時に気持ち良く自分の方から挨拶を交わしていると(中には知らん顔の人も、色んな人がいますから
)、だんだん親しくなって来て色んな情報を教えてもらえるようになります。翡翠探しで次に大事なのは、やはりそこに行って歩いて探す事ですが、ただ闇雲に長い時間歩けば見つかると言う物でもありません。まず翡翠が顔を
出す条件を知ると言う事です、ある程度の大波の後必ずと言っていいほど翡翠は(良否は別として)出ています(探す場所にもよります)が、波が収まる前に先に行った人が拾ってしまうので、後から探しに行ってもなかなか
見つからないのです。(波で石や砂が動いている時は、いつでも翡翠が見つかるチャンスは有ります)ほかの人より翡翠を沢山見つけられるタイミングの一つを教えます、(みんな判るので競争相手も増えますけど、翡翠が全
部探されて無くなる事はありませんので慌てないでください)波がだんだん収まって来きますと石ころ等が波打ち際に盛り上がってきます、そのときは比較的お天気も良いので、翡翠探しの人も多くなってきます、また盛り上が
りも均一でなく小山がいくつも出来その小山の脇で(低い所)では見つかる事もあります、この盛り上がっている所は見つかる事も有りますが、この盛り上がっている石ころは波に吸い上げられて盛り上がっている事が多いで
すので翡翠はあまり含まれて居ません(表面的には)、その小山の中に翡翠が含まれていますので、小山が崩れる時に翡翠はよく出るのです。低気圧が近づいて来ると南よりの風になり波はだんだん収まって来ます、そし
て低気圧が日本列島から抜けたあたりから北よりの風になり、白波がだんだん立って来ます、波と波の間隔も狭くなり、盛り上がっていた小山が崩れだします、そしてだんだん波が強くなり石ころが海の中に引きずりこまれる
様になります、そのころは天気も悪いので探す人も少なくなり、そのときに翡翠はよく顔をだします、もたもたしてると、すぐ大波になって危険な事もありますので、(特に冬の大荒れの時は危険です、命有っての翡翠です)物事
すべてに言えますが、無理をしていい事はほとんど無いと思います。
昔からの言い伝え
昔からの噂で海の中に鉱脈があって、それが波に揉まれて上がって来ると言う言い伝えがありますが、それは少し考えにくいと私は思っています、翡翠は幅の狭い蛇紋層に伴って出ます、蛇紋層は糸魚川地域では至る所
に張り巡らされて、海底の底にも蛇紋層はあると思いますので、もしかしたら、有るかもしれませんが、あったとしても深い海底から波の作用で上がってくる事は考えにくいと思われます、推測ですが高さ十メートルのうねりの時
は深さ約十メートルぐらいまでしか波の力は届かないと思われます、もっと届いたとしても、二十メートル以上の深い所からは上がっては来ないように思われます、十メートル以下の深さに翡翠の鉱脈があれば、上がって来る
かもしれませんが、無いように思われます。私もこれを見たわけでないので断言は出来ません。
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